FC2ブログ
HOME>スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
HOME>神社・仏閣巡り

参拝記-熊野大社(島根県松江市)

熊野大社_本殿全景

熊野大社(くまのたいしゃ)

【鎮座地】島根県松江市八雲町熊野2451番
【御祭神】
神祖熊野大神櫛御気野命 かぶろぎくまののおおかみ くしみけぬのみこと
【旧社格等】
式内社(名神大)/出雲国一宮/旧国幣大社/別表神社
【例祭・主な祭事】
2月3日 - 節分祭
3月下旬 - 立春立志祭
4月13日 - 御櫛祭
4月29日 - 長寿祭
5月第4日曜日 - 元宮祭
6月30日 - 大祓・夏越祭
10月14日 - 例大祭
10月15日 - 鑽火祭
【由緒】
『出雲國風土記』(733)に熊野大社、『延喜式神名帳』(927)に熊野坐神社と見え、日本火出初神社とも
称され、古来杵築大社(出雲大社)と並びて出雲の國の大社と遇された。
上古朝廷の御尊崇極めて篤く、仁壽元年(851)特に従三位を、貞観9年(867)正二位の神階を
奉らせ給い、且つ殖産興業・招福縁結・厄除の大神として衆庶の信仰が深い。
明治4年國幣中社、大正5年國幣大社に進列された。
特に出雲大社宮司の襲職は当社から燧臼燧杵の神器を拝戴する事によって初まるのが
古来からの慣で今も奉仕されている。

熊野大社ホームページ
http://www.kumanotaisha.or.jp/top.htm

熊野大社_入口の鳥居

入口の鳥居。奥に赤い橋が見えますが、八雲橋というそうです。神社の手前に意宇(おう)川が流れており、そこに架かっています。

熊野大社_意宇川

八雲橋から見た意宇川。綺麗なせせらぎでした。ここから中海まで流れ込んでいきます。

熊野大社_随神門

八雲橋を渡ると石段の先の正面に立派な門が見えます。これが随神門です。
明治19年(1886年)、昭和3年(1928年)に改築されたものだそうで、この門にも立派な注連縄が掛かっています。

熊野大社_随神門の注連縄

随神門の注連縄。奥には拝殿が見えます。

熊野大社_本殿

拝殿。この日はちょうど結婚式を行っており、拝殿内に人影が見えると思いますがこの写真を撮っているタイミングでは両家の紹介をしていました。
他の写真でも花嫁さんがちらちら写っていると思います。最近神社で結婚式を挙げる人が増えているそうですね。
この拝殿は昭和53年に建てられ昭和59年に拡張の工事が行われたそうです。

熊野大社_本殿と舞殿

左が拝殿、右は舞殿です。この舞殿は、もともとは拝殿として利用されていたそうで昭和53年(1978年)に造宮が行われた時に、舞殿として移し変えられたとの事です。

熊野大社_伊弉那美神社

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
■伊弉那美神社
熊野大社HPより。
【御祭神】
伊邪那美命 いざなみのみこと
【配祀】
速玉之男命 はやたまのおのみこと/事解之男命 ことさかのおのみこと/大田神 おおたのかみ/衢神 くなどのかみ
埴山姫命 はにやまひめのみこと/天児屋根命 あめのこやねのみこと
【合祀】
王子神 おおじのかみ/素戔嗚尊 すさのおのみこと/大山祇神 おおやまつみのかみ/戸山祇神 とやまつみのかみ
事代主命 ことしろぬしのみこと/応神天皇 おうじんてんのう/山雷神 やまいかづちのかみ
爾保津姫命 にほつひめのみこと/羽山祇神 はやまつみのかみ/岐神 ふなどのかみ/長道磐神 ながみちはのかみ
煩神/わずらいのかみ/開囓神 あきぐいのかみ/千敷神 ちしきのかみ/大雷 おおいかづち/火雷 ほのいかづち
土雷 つちいかづち/稚雷 わかいかづち/黒雷 くろいかづち/山雷 やまいかづち/野雷 のいかづち
裂雷 さくいかづち/菊利姫命 くくりひめのみこと/泉守道人命 よもつちもりのかみ
【祭日】
10月15日
【説明】
素戔嗚尊の御母神がお祀りされています。
明治39年政府の神社整理「一村一社制」により熊野村内にあった多数の神社を明治41年に
稲田神社と伊邪那美神社に合祀しました。伊邪那美神社には19社合わせて祀られています。
もともと熊野大社から400mほど離れた「上の宮」で祀られていましたが、上記の政府の政策により現在の場所に移され、祀られるようになりました。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

熊野村内の神社を合祀したようで、31柱もの神様が合わせて祀られています。ちょっと窮屈そうですね。

熊野大社_荒神社
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
■荒神社
熊野大社HPより。
【御祭神】
素戔嗚尊 すさのおのみこと
【相殿】
高龗 たかおかみ/闇龗 くらおかみ/闇罔象 くらみつは
【祭日】
11月1日
【説明】
素戔嗚尊がお祀りされています。
明治39年政府の神社整理「一村一社制」により熊野村内にあった多数の荒神、水神、氏神を明治41年に合祀しました。
相殿に祀られている三神は甘雨を降らし、霖雨を止める神との深厚な信仰があります。
また、このお社の右横奥には「御神水」が湧き出ていて頂けるようになっています。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
熊野大社_末社脇の祠など熊野大社_末社脇の牛像熊野大社_末社脇の牛像2

荒神社の周りには小さな社や牛の像が置かれていました。社はもともとの荒神、水神、氏神のお社だったものでしょうか。
牛像については素戔嗚尊が牛頭天王と習合した所以かと思います。

熊野大社_稲荷神社1 熊野大社_稲荷神社2
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
■稲荷神社
熊野大社HPより。
【御祭神】
倉稲魂神 うがのみたまのかみ
【祭日】
8月1日
【説明】
素戔嗚尊の御子神がお祀りされています。
人間が生きるに欠くことの出来ない『米』をはじめとする食物を豊饒に霊幸え給う神です。
このお社の前には奉納された朱塗りの鳥居がたくさんならんでいます。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

説明の通り、稲荷神社の前には鳥居が沢山並んでいました。稲荷と言えば鳥居のイメージですね。

熊野大社_鑽火殿

熊野大社HPより。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
鑽火殿(さんかでん)

萱葺きの屋根に四方の壁は檜の皮で覆われ、竹でできた縁がめぐらされています。
鑚火祭の舞台となる場所であり、燧杵・燧臼が保管されています。
又、出雲國造の「火継式」に使われます。
この建物は大正4年(1915)に鑚火祭が熊野大社で行われるようになったことから
翌年氏子により建てられました。
他の神社では見ることの出来ない当社特有の建物であります。
現在の物は平成3年に奉新建されたものです。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

熊野大社の特殊性を物語る鑽火殿です。

熊野大社HPより。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
亀太夫神事

熊野大社には多くのお祭がありますが、これらのなかで最も有名で、熊野大社の特色がよく表れているお祭がこの「鑽火祭」です。
この日は、出雲大社の宮司が「古伝新嘗祭」に使用する燧臼、燧杵(ひきりうす、ひきりきね)を受け取るために熊野大社を訪れます。この燧臼、燧杵を毎年熊野大社から授けることになっています。
この授け渡す儀を「亀太夫神事」と呼ばれ、出雲大社が納める餅の出来ばえについて苦情を口やかましく言い立てる変わった神事です。
その後出雲大社の宮司によって「百番の舞」が舞われます。このとき伶人によって琴板という楽器を打ち鳴らしながら神楽歌を歌います。
前半半分は「アアアア、ウンウン」ととなえ、後半半分は「皇神を良き日にまつりし明日よりは、あけの衣を褻衣にせん」と歌います。百番の舞」が終わると國造が退出し、神事が終わります。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

上記の特殊神事「亀太夫神事」から、出雲大社との深い関係がうかがえます。
この神事では明らかに熊野大社が出雲大社よりも上位に扱われています。
古来この2社がどういった関係であったのかは興味深いですね。

また神器の「燧臼、燧杵」ですが、いわゆる臼や杵の形をしているものではなく、下記のような縄文時代から火熾しの際に用いられる棒と板の形状をしている物のようです。

石川県埋蔵文化センターHPより。

火おこしの方法

熊野大社HPより。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「燧臼・燧杵」
この、燧臼・燧杵というものは、もとは古代の人々が火を熾す際に使った道具のことです。
最も原始的な古い形の発火器(現在のマッチやライターのような火をつける道具)であります。
古くからのしきたりを大切にする神社の祭りや神事では、この道具を神聖な神火を鑚り出す
方法として今もなお遺しているのであります。
出雲地方では熊野大社の他に、出雲大社など多くの神社で現在も使われています。

熊野大社で使われているものは、約1m×12㎝×3㎝の檜の板(燧臼)に長さ80㎝、直径2㎝の卯木の木の丸い棒(燧杵)を立てて両手で力を入れてもむ方法で火を熾します(錐揉み式)。
根気よく続けると摩擦で煙が出始め、やがて発火します。
熊野大社では鑚火祭の時にこの燧臼と燧杵を出雲大社の宮司(國造)に授け渡す亀太夫神事があります。
また、燧臼・燧杵は平素、鑚火殿に大切に保管されています。
他の神社には見られないこの施設を備えていることも熊野大社の大きな特徴の1つであります。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

小さいころのキャンプで手もみ式での火熾しに挑戦したことがありますが、かなり難しいものでした。
まず木が焦げるだけでなかなか火種ができず、また火種が出来てもすぐ消えてしまうような小さなもので、
結局大人が2~3人がかりでやっと熾せたような状態でした。
それだけ「火を熾す」というのは困難かつ大事なものとして伝えられているのだと思います。
このような「火熾し神事」は国内の他の神社でも例があるようです。そちらも見てみたいものですね。


訪れた印象としてはすっきりとまとまっていて気持ちの良い境内でした。
結婚式が行われていたこともあり「ハレ」の佳き日だったからかもしれませんが、気持ちの良い場所だったように思います。
スポンサーサイト

この記事のトラックバックURL

http://deep3green.blog13.fc2.com/tb.php/67-4532383e

コメント

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

 

Template Designed by めもらんだむ RSS
special thanks: Sky RuinsDW99 : aqua_3cpl Customized Version】


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。